当たり前に使われている「誤訳」に気をつけよう

2020.12.15 2023.06.29

かつては外国人アーティスト、いわゆる洋楽のCDなどに添付されていた歌詞カードの英語翻訳には、誤訳が多く見受けられました。誤訳というよりは、そもそもの英語の聞き取りの時点で間違っていて、それを元に翻訳されてしまったことが原因ではないかと思います。

今はインターネットの時代。言葉を聞き違えての誤訳、というよりは、相手先の文化的歴史的背景を理解していないことから誤訳になってしまう、ということがあちこちに見受けられるようで・・・。
今回は、外国人スタッフが出会った誤訳について考えてみました。

日本最古の和歌集「万葉集」を英語に翻訳すると?

当社のアイルランド人スタッフが、以前こんなことを話していました。「ある英字新聞で、日本の万葉集について書かれていた記事に違和感を覚えた」と。彼は、日本の古典や歴史に興味があり、万葉集などの古い文献についてもよく知る人物です。

万葉集は7〜8世紀の奈良時代に編纂された「日本最古の和歌集」。その言葉をもとに、英字新聞では”Japan’s oldest poetry anthology”と翻訳されていました。新聞だけでなく、多くのインターネットサイトでも、この記述は当たり前のように使用されているといいます。

このフレーズを日本語に翻訳すると「日本最古の選詩集」になります。一見、違和感がないようにも思えるのですが ”oldest(最古)” と最上級を使っていることに、ポイントがありました。万葉集を ”poetry anthology(詩集)” と訳すのであれば「最古」ではないのではないか、というのがアイルランド人スタッフの疑問点でした。実は「日本最古の選詩集」は万葉集ではなく、同じ奈良時代に誕生した漢詩を集めた詩集「懐風藻(かいふうそう)」である、というのが彼の見解です。

正しい英語と適切な英語の使い分け

万葉集は日本最古の和歌集ですが、日本最古の選詩集ではありません。一方、懐風藻は日本最古の漢詩集であり、なおかつ日本最古の選詩集でもあります。

「懐風藻」という漢詩集の存在を知っていたアイルランド人スタッフの博識ぶりには驚いてしまったのですが、翻訳業務に携わるスタッフとして、古い文献についての英語翻訳について考えてみたいと思います。

和歌と漢詩、この違いは外国人にとっては理解の難しいところです。万葉集を「日本最古の」と訳す時は、「和歌集」をきちんと英語で伝える必要があります。和歌集を英語で翻訳するなら “anthology of classical Japanese waka poetry” となります。

ちなみに、漢詩を英語に翻訳すると、”poetry in classical Chinese” と表現されます。

とはいえ、言葉を正しく翻訳できたとしても、その歴史的文化的背景を知らなければ、まったく意味が通じないということもあります。直訳されているだけでは外国人にとっては単なる言葉の羅列になってしまう恐れも。「正しさ」「直訳」よりも適切な言葉、いわゆる「世界標準の英語」を選ぶことが大切で、そこが私たち翻訳会社の腕の見せどころでもあります。

冒頭に出てきた万葉集についての英字新聞の翻訳 ”Japan’s oldest poetry anthology” を適切な文章にして、外国人にもわかりやすい世界標準の英語で説明するなら、”the oldest anthology of classical Japanese waka poetry” というところでしょうか。

ご参考までに、日本最古の漢詩集であり選詩集「懐風藻」の英語翻訳はこうなります。”the Kaifuso, Japan’s oldest surviving anthology of poetry written in classical Chinese” もしくは “the Kaifuso, Japan’s oldest surviving (classical Chinese) poetry anthology”

ケアレスミスを防ぐために、気を付けておくことは?!

万葉集についての翻訳はレアなケースかもしれませんが、その国の歴史的文化的背景を理解せずに言葉だけを翻訳してしまうと、事実とは少し違った信頼度の低い翻訳になってしまうというのは、よくあることかもしれません。もちろん、専門的な技術書やマニュアルなどを翻訳する時には業界用語について、ある程度の知識がなければ、些細なミスも発生します。

以前、アメリカ人スタッフが目にしたという例文に ”Pull the taxi forward” というのがありました。そのまま日本語に置き換えると「タクシーを前に引く」?! 元の文章は、大型トラックの修理マニュアルの中にあった「キャブを前に引く」という一文を翻訳したものでした。キャブとはトラックや車などのキャブレター(燃料気化装置)のこと。自動車に詳しくない人が翻訳に携わっていたのでしょうか。キャブという言葉がキャブレターを指すとは思わなかったのでしょう。「キャブ」と聞いて、英語でタクシーの意味を持つ ”cab” という単語が浮かび、少し丁寧に ”taxi” という言葉に置き換えて翻訳してしまったと推測できます。

翻訳者は英語の知識だけでなく、携わる業種の専門用語にもアンテナを張っておかなければいけませんが、キャブレターは、車の運転をする人であれば耳にする言葉ではないでしょうか。それほど専門的な領域ではなく、一般常識の範囲内のような気もします。

見聞を広げておかないと、思わぬケアレスミスを引き起こすというのは、翻訳者に限ったことではなく、通常の業務や日常生活でもよくあることですね。あらためて、襟を正したいと思います(笑)