IR資料の英文開示に機械翻訳を活用する方法を東証のハンドブックから解説
近年お問い合わせが急増しているIR資料の英文開示について、東京証券取引所の「英文開示実践ハンドブック※」の内容を紹介するシリーズの2回目です。今回はIR資料の英文開示に機械翻訳を活用するための、具体的なポイントをご紹介します。
※2022年9月22日 東京証券取引所 英文開示実践ハンドブック
アイ・ディー・エーでは決算短信から適宜開示文書、統合報告書まで多くの企業様の英文開示用の翻訳をお手伝いさせていただいています。翻訳だけでなく、日英のドキュメント制作までまとめて対応することも可能です。英文開示資料の翻訳や制作に関するご相談、無料お見積りのご依頼は下記のリンクから承っています。
目次
機械翻訳で英文開示が簡単に、という話ではない!?
英文開示の手法を紹介する資料に「翻訳会社の場合」と「機械翻訳の場合」が並列で紹介されているのは、ほんの数年前では考えられなかったことだと思います。ここ数年の機械翻訳・AI翻訳の進歩ゆえだと思います
ですが、東証のハンドブックには「機械翻訳の活用で作業負荷を大きく軽減!」ということは書かれていません。むしろ、自社の求める翻訳品質を明確にした上で翻訳会社の品質が「過剰品質になる場合」に機械翻訳を活用するという現実的な内容になっています。
これは一体どういうことでしょうか。東証のハンドブックでは、データに基づいて機械翻訳活用の実際が解説されています。
金融分野特化のAI翻訳でも50%の訳文に改善が必要
「機械翻訳の最新知識」という項目に、大量の金融文書を学習させ金融分野に特化したAI翻訳がどのくらいの翻訳精度を出せるかの評価結果が掲載されています。それによると、専門の翻訳者と同等の翻訳を出力できたのは文書全体の49%という結果でした(汎用の翻訳エンジンだと21%)。
確かに汎用エンジンより翻訳精度は上がっていますが、金融分野に特化した翻訳エンジンでも文書の約半分に編集が必要になる、というのが機械翻訳の現状になります。
Google翻訳やDeepLなどの汎用エンジンだと約8割の翻訳に手を入れる必要があり、効率化のメリットはかなり小さくなるように思われます。
翻訳品質の目標を設定して使い分ける
このように、現時点の機械翻訳は品質に課題のあることを理解したうえで利用する必要があります。ハンドブックでもプロによる翻訳が「過剰品質」になるような場面で機械翻訳を活用する考え方が紹介されています。
英文開示する資料には、日英同時開示が求められる速報性が重要なものから、企業の社会的な取り組みや持続可能性などを伝えるものまで様々あります。例えば決算短信のサマリーと統合報告書全体では、翻訳の分量も難易度も全く異なります。
- その資料の翻訳にかけられる時間
- その資料にどこまでの翻訳品質を求めるか
という自社の目標設定を行っておき、それに従って機械翻訳が許容される部分に活用していくという現実的なアプローチになっています。
機械翻訳の校正方法を検討する
ハンドブックでは、機械翻訳がアウトプットした翻訳の校正についても触れられています。個人が文書の大意を把握するには十分でも、企業が公開するIR情報には人による翻訳チェックが欠かせません。
翻訳会社に依頼する場合は翻訳会社の責任で校正された原稿が納品されますが、自社で機械翻訳を利用する場合は翻訳校正をどうするかが課題になります。2つの方法が紹介されています。
- 自社で翻訳校正を行う
- 翻訳会社に校正やネイティブチェックを依頼する
どちらの方法を取るかは期間や費用に直結するため、ここでも先の「翻訳品質の目標設定」に沿って決めていくのがよいと思います。社内に翻訳部署を持たない一般企業で大量の翻訳校正を行うことは難しいため、下記の切り分けが考えられます。
英文開示資料の内容・求める品質 | 翻訳・校正手法 | |
---|---|---|
A | 財務情報を中心に比較的分量が少なく、意味が通じればよいと割り切れる文書 | 自社で機械翻訳+翻訳校正 |
B | テキスト分量が多く、最高品質でなくても一定の翻訳品質は確保したい文書 | 自社で機械翻訳+外部に校正やチェックを依頼 ポストエディットを活用(後述) |
C | 非財務情報も含めて質の高い翻訳が求められる文書 | 翻訳会社のプロの翻訳者・校正者に依頼 |
機械翻訳のポストエディットという選択肢
上記のBパターンについてはより効率的な選択肢が存在します。翻訳会社側で機械翻訳を適用し、プロの翻訳者が編集して仕上げる「ポストエディット(MTPE)」と呼ばれる手法です。自社で機械翻訳にかけた翻訳の校正を外部に依頼するやり方は、実は双方ともデメリットが大きいです。
- 発注側は、自対象となる原文のすべてを機械翻訳にかけるという手間がかかる
- 翻訳会社側は、調整されていない精度の低い機械翻訳の校正になるため、不要な工数が増える
翻訳会社でも機械翻訳・AI翻訳を活用したソリューションに力を入れており、アイ・ディー・エーでも機械翻訳と翻訳管理システム(TMS)を接続して、機械翻訳をベースに翻訳品質を管理する仕組みを構築しています。
これにより、機械翻訳と用語集や翻訳メモリといった仕組みを接続し、単純に機械翻訳にかけるよりも質の高い訳文を生成することで、校正や後編集(ポストエディット)の負荷を軽減してコストを抑えつつ品質を高めることが可能になっています。
「機械翻訳では品質が不安だけど、最高品質を求める必要はない」という文書の英文翻訳には、「ポストエディット」の活用を検討してみてください。
下記の記事で仕組みやメリット・デメリットを詳しく紹介しています。
機械翻訳を活用しやすいIR文書とは
ここまでのポイントを踏まえて、機械翻訳を導入しやすいIR関連の英文開示文書にはどういうものでしょうか。ハンドブックの内容から下記の2つの要素を満たす文書ということになります。
- 比較的分量が少なく
- 一定の翻訳品質でよいと割り切れる文書
英文開示の3つのステップにあてはめると、第1から第2ステップに該当する文書が考えられます。これらについて、文書のボリュームや自社の制作リソース、予算を検討して機械翻訳やポストエディットを活用していくのがよいと思います。
優先順位 | 英文開示対象文書 | 概要 |
---|---|---|
第1ステップ (英文開示のスタート期) |
|
最も重要で、迅速かつ正確な翻訳が求められる文書。投資家にとって不可欠な情報を含む。 |
第2ステップ (英文開示の拡充期) |
|
第1ステップに次ぐ重要度を持つ文書。速報性が重要で投資家にタイムリーに提供されるべき情報。 |
英文開示を進める3つのステップの詳細や、第3ステップの文書については下記の記事で詳しく紹介しています。
まとめ
東京証券取引所の「英文開示実践ガイドブック」から機械翻訳を活用する場合のポイントを紹介しました。
- 金融分野に特化した機械翻訳エンジンでも、約50%の訳文に人の修正が必要に
- 翻訳品質の目標設定を行い、その許容範囲で機械翻訳を活用する
- 機械翻訳の校正を誰が行うかを検討しておく
- 機械翻訳のポストエディットという選択肢も存在する
- 海外投資家のニーズが高く、一定の翻訳品質で割り切れる文書から英文開示を進めていく
現時点での機械翻訳はまだまだノーチェックで使用できるレベルには達しておらず、人のチェックと修正が欠かせません。それをどのレベルで行うのかは、自社がその文書に求める翻訳品質次第ということになります。自社にとっての翻訳品質の目標設定を行い、開示対象の文書と自社が求める翻訳品質に応じて決定する方法が現実的です。
単純に「自社で機械翻訳」か「翻訳会社のプロに依頼」だけではなく、その中間を埋める「機械翻訳のポストエディット」という選択肢も出てきています。
グローバルな企業価値を高めるために、IR情報英文開示の重要度は今後さらに高まります。
英文開示の翻訳にや英文資料の制作に関してご相談やご不明な点があれば、下記のリンクからお気軽にお問合せください。
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