機械翻訳とプロ翻訳を融合した翻訳手法「ポストエディット」の活用方法を解説
近年のAI技術の目覚ましい進歩により、AI翻訳・機械翻訳の活用がビジネス翻訳でも進んでいます。翻訳会社でもAI翻訳・機械翻訳を活用する取り組みが活性化しており、その代表的なものが「ポストエディット」と呼ばれる手法です。
今回は機械翻訳とプロの翻訳の「良いとこどり」になる「ポストエディット」について紹介します。
目次
ポストエディット(MTPE)とは?
ポストエディットとは、AI翻訳・機械翻訳で生成した訳文をプロの翻訳者が修正・編集する翻訳手法です。機械翻訳(Machine Translation = MT)を後から編集(Post Editing = PE)するので「MTPE」と略されることもあります。
機械翻訳は大量のテキストを高速かつ低コストで処理できるというメリットがありますが、訳文の品質が必ずしも高くないというデメリットがあります。ポストエディットは、機械翻訳の訳文をプロの翻訳者がレビューし、以下の点を中心に修正・編集を行うことで、機械翻訳とプロの翻訳両方のメリットを活かした翻訳手法です。
- 誤訳、文法的な誤りや不自然な表現の修正
- 原文のニュアンスをより適切に伝える訳への修正
- 専門用語や業界用語の適用
- 文書全体を通じた表現・スタイルの統一
- クライアントの求める品質へのブラッシュアップ
ポストエディットのレベルとは?
ポストエディット(PE)には「訳文をどこまで編集するか」というレベルの種類があり、求められる品質やコストに応じて柔軟な対応が可能です。
ポストエディットのレベル | 主な編集内容 |
---|---|
ライトPE(簡易)
必要最小限のチェックでコストを削減
|
機械翻訳の訳文のみを参照し、明らかに不自然な内容の編集を行う。原文を参照しないため誤訳には気づきにくい。 |
ライトPE(標準)
費用を抑えつつ機械翻訳のデメリットを補う
|
原文も参照し、機械翻訳の訳文の誤訳修正に焦点をあてて編集を行う。スタイル統一や流暢性の修正は考慮しない。 |
フルPE
プロの翻訳と同等のチェックと編集
|
プロの翻訳と同等レベルまで編集・校正を行う。 |
2種類のライトPEの中でも、さらに細かく編集レベルを調整することも可能です。ポストエディットによって翻訳の選択肢が広がり、翻訳におけるQCD(Quality=品質、Cost=コスト、Delivery=納期)の課題をバランスよく解決することができます。
なぜポストエディットが必要?
「AIが十分な品質の翻訳を出力するのに、なぜ人が編集する必要が?」と思われるかもしれません。確かにAI翻訳・機械翻訳は飛躍的な進化を遂げていますが、まだ万能な翻訳ツールではありません。
例えばChatGPTの場合、初めて利用する際に「正確ではない情報が出力される可能性がある」旨のダイアログに同意したことを覚えておられるでしょうか。
AI翻訳の問題は「正確性が担保されていない」ということにあります。実際、初歩的な誤訳を出力することも珍しくありません。個人で外国語の文章の大意を把握するには十分でも、企業がビジネス目的で使用するには、人のチェックが欠かせません。
実際、プロの翻訳者がAI翻訳・機械翻訳をチェックすると、かなりの分量の修正・編集が必要になります。例えば下記のような簡単な和訳の例でも「品質に問題があるのは日本製」と全く逆の意味で訳出することも珍しくありません。
ポストエディット導入のメリット
機械翻訳とプロの翻訳の「良いとこどり」のポストエディットのメリットは、大きく3つ挙げられます。
1. 費用削減と納期短縮
ポストエディットの大きなメリットは、機械翻訳を活用することによる費用削減と納期の短縮です。どれだけの費用削減や納期短縮につながるかは、ポストエディットのレベル次第にはなりますが、人の翻訳者が対応するよりも多くのテキストをより短い期間でコストを抑えて翻訳できます。
これまでは納期や費用の関係で翻訳することが検討されなかった大量のテキストや短い期間での翻訳への活用が考えられます。
2. 機械翻訳からの品質向上
「かけっぱなし」の状態だと問題の多い機械翻訳ですが、プロの翻訳者の編集を入れることで翻訳品質は飛躍的に向上します。
例えば、ソフトウェアのオンラインマニュアルの多言語化を機械翻訳のみから機械翻訳+ポストエディットに切り替えたお客様の案件では、マニュアルの品質が改善したことについて海外のユーザさんから予想を超える好意的なフィードバックをいただきました。
機械翻訳で個々の文が適切に翻訳されているように見えても、実際にマニュアルとしてその記述に沿って操作しようとすると「この記述は何を指しているのかわからない」ということが多かったそうです。ソフトウェアマニュアルでは、実際のUI(ユーザーインターフェース)用語とマニュアルに記載されているUI用語に違いがあると迷いが生じてしまいますが、ポストエディットで正確なUI用語をマニュアルに反映することができます。このように辻褄の合わない箇所を修正することで、マニュアルの記述がひとつの流れとして理解できるようになりました。
3. 結果として海外展開をスピードアップ
機械翻訳+ポストエディットを活用することで、より多くのテキストを短い期間で翻訳することができます。それによって
- 海外への情報発信のスピードが上がったり
- これまではコストが合わず翻訳できなかった情報を発信できたり
- コストダウンしたことで、さらに言語数を増やしたり
することも大きなメリットです。
ポストエディット導入のデメリット
ポストエディットのデメリットとしては下記の3点が挙げられます。
1. 機械翻訳が苦手な分野には向いていない
ポストエディットでは、最初の機械翻訳の質がアウトプットに大きく影響します。後からどれだけ編集を加えても、最初の機械翻訳の質が低いと、最終的な訳文もそれに影響された品質になってしまいます。
質の低い機械翻訳を時間をかけてポストエディットするくらいなら、初めからプロが翻訳したほうが早い、ということも考えられます。その意味で、機械翻訳が苦手な分野の翻訳はポストエディットにも向いていません。
機械翻訳に向かないテキストとは
どんな文章でも適切に翻訳できるイメージを持たれがちなAI翻訳・機械翻訳ですが、実はそれほど万能ではないのが現実です。機械翻訳に向いていないテキストとしては、例えば下記の要素が挙げられます。
- 出版翻訳や映像翻訳
小説や映画、動画のように、高度な読解力や文章力が必要になるもの。キャッチコピーや広告文など文章に訴求力が求められるもの。 - 文脈やニュアンスの表現
例えば、主語が省略されている日本語に対して、何を主語として訳すかを文脈から判断する必要があるもの。社長メッセージやインタビュー記事など口語が多かったり、話者の人柄などのニュアンスも考慮する必要があるもの。 - 文化や慣習の違いを理解する必要があるもの
慣用句やことわざ、ユーモアや皮肉など、文化や背景知識を考慮して翻訳する必要があるもの。
2. 専門知識や翻訳の豊富な知見が必要
機械翻訳に誤訳や不適切な箇所がないかどうかをチェックして編集するためには、相応の知識や知見が必要になります。
例えば機械メーカーの技術情報の翻訳を、機械関係の知識のないネイティブ話者がポストエディットしても良い結果は得られません。専門知識が重要な原稿では、ポストエディットでも専門知識・その分野の翻訳の知見がやはり必要になります。
3. 高品質を求めるには不向き
ポストエディットには編集の度合いに応じて「ライトPE」から「フルPE」まで対応レベルを選ぶことができます。
「フルPE」ではプロの翻訳者の翻訳+プロの校正者の校正を経た翻訳と同等のレベルを目指すわけですが、そのための費用や時間も同等に必要になり、通常の翻訳と比べてメリットはそこまで大きくありません。費用や納期のメリットを出しやすいのは「ライトPE」の方になります。
「ライトPE」は求められる編集レベルの範囲内でポストエディットを行うものですので、「とにかく品質重視」という翻訳には向いていません。
ポストエディットに向いている原稿とは
機械翻訳とプロの翻訳の中間の選択肢として広くビジネス翻訳で利用できるポストエディットですが、特に向いているテキストとして下記が考えられます。
平易な表現が多く、分量の多い文書
まず考えられるのが下記の2点です。
- 分量の多いテキスト
- 平易な文章の多いテキスト
機械翻訳にとって文章の多い/少ないはあまり関係ありませんし、誰にでも理解しやすい平易な文であれば翻訳精度も高くなります。例えば
- 「マニュアル」や「ヘルプ」
- 「よくある質問(FAQ)」
- 「取扱説明書」
やなどが考えられます。
専門用語や製品特有の固有名詞を「用語集」を使って統一し、場合によっては「翻訳メモリ」も併用することで良質なアウトプットが期待できますので、ポストエディットに向いています。
翻訳品質の管理体制が重要
ここで出てきた「用語集」や「翻訳メモリ」は、翻訳会社が品質管理や効率化のために使う手法のひとつです。アイ・ディー・エーでは翻訳を管理するためのシステム(Translation Management System = TMS)を活用しており、翻訳者はTMSを通じて用語集や翻訳メモリを参照しながら翻訳を行うことで、より少ない期間でより質の高い翻訳を行うことができるようになっています。
機械翻訳のポストエディットを人の能力だけで地道に行っていては、せっかくのメリットが十分に活かせません。ポストエディットのメリットを活かすためには、こうした翻訳品質の管理体制があることが重要になります。
ポストエディット導入時の検討ポイント
ポストエディットの活用を検討する際に重要になるポイントをまとめると下記のようになります。
原稿の性質を見極める
機械翻訳に向かないテキストはポストエディットにも向いていないため、原稿の性質によって翻訳手法を検討することが重要です。
「この原稿がポストエディットに向いているかどうか」は、翻訳会社に相談してしまうのが早くて確実です。実績の多い翻訳会社であれば、見積り依頼の時点で原稿の内容に応じて適切な助言が得られると思います。
機械翻訳の品質を大きく左右する原文原稿の重要性
お客様側で機械翻訳にかけた結果をチェックしてほしい、という依頼を頂くことがあります。中にはネイティブが読んでもほとんど意味が理解できない品質の訳文が提供されることもあるのですが、その原因は主に翻訳にかける前の原文原稿の不備にあります。
例えばひとつの文が改行で分割されている状態で機械翻訳にかけると、それぞれの行を1文として訳すため、当然意味のわからない訳文が出力されます。これは単純な例ですが、機械翻訳にかける前の原稿編集(プリエディット)には多くのポイントが存在します。
機械翻訳の品質を決めるのは原文原稿の質と言っても過言ではないため、機械翻訳をかける前に実績のある翻訳会社に相談することをおすすめします。
翻訳の要求レベルを確認する
そのテキストの翻訳に「どのレベルを求めるか」というポイントです。海外プロモーション用途など、とにかく高品質の翻訳が必要な場合は、ポストエディットではなく初めからプロの翻訳を選択する方がよいでしょう。プロの翻訳の後にネイティブによるリライトを加えて、さらに品質を上げる方法も存在します。
実績のある翻訳会社を選ぶ
機械翻訳の苦手とする部分を補って編集するポストエディットは、その言語のネイティブなら誰でもできる、というわけではありません。原稿分野の専門知識や翻訳に関する技術・経験が必要になります。
そうした翻訳者・ポストエディターを確保している翻訳会社は当然実績も多くなるため、過去の実績を確認することで、適切な翻訳サービスを提供している会社を選ぶことができます。
翻訳サービスの国際規格を参考にする
あまり一般には知られていませんが、翻訳サービスにも国際規格(ISO17100)が存在します。質の高い翻訳サービスに必要な翻訳者の力量やプロジェクト管理体制などを第三者機関が認証するものです。この認証を受けていることも選定の参考になると思います。
ポストエディットにも国際規格(ISO18587)が存在するのですが、現時点では日本国内に認証機関が存在しないため、認証を受けている翻訳会社を探すのは困難かもしれません。
ISO18587で規定しているのはフルポストエディットのみになり、ポストエディターに求められる力量も、翻訳のISO17100で規定されている翻訳者の力量と同等になります。その意味でもISO17100の認証を受けている会社を探すことがポストエディットの品質を確保するためにも有効であると考えられます。
ポストエディットを実際に活用する5つのステップ
実際にポストエディットを依頼するにはどうするのがよいでしょうか。大きく5つのステップで紹介します。
1. 依頼する翻訳会社の候補を選ぶ
ポストエディットを依頼する翻訳会社の候補選び、実際に問い合わせて見積もりを取得することをお勧めします。検索エンジン等では多数の会社がヒットすると思います。その中から下記のポイントを参考にして候補を選ぶのがよいと思います。
- ポストエディットや翻訳について、信頼できる実績があること
- 翻訳品質を確保する体制があること(例えば ISO17100を取得していること)
- 組織自体や機械翻訳ツールにセキュリティが確保されていること
- ピックアップする候補は3社ほど
2. 見積り用の日本語原稿を用意する
候補を選んだら実際にポストエディットの見積りを依頼します。ポストエディットに限らず、翻訳の見積りでは最終版に近い原稿で見積り依頼する方が見積り精度も高くなりますので、なるべく具体的な原稿を用意することをお勧めします。原文原稿の質が見積に大きく影響することもよくあります。
「仮に5,000字の想定で見積りを」というご依頼も可能ですが、この方法だと見積りを比較するときに、金額以外で判断することが難しくなります。せっかく複数の翻訳会社からの提案を受けられる機会がもったいないかもしれません。
3. ポストエディットの見積りと提案を比較検討する
各社の見積りが揃ったらその内容を検討します。
金額が大きく違う場合は見積りの前提条件が違っている可能性があります。
- 対象文字数の違い(文字数カウントの方法)
- 翻訳/ポストエディットのレベルの違い(ライトPE or フルPE 等)
- 入稿形式、納品形式の違い
これらの点に違いがある場合、その理由や前提条件を確認してみてください。
4. 独自の提案を評価する
ポストエディットは原稿によって向き/不向きがある手法ですので、原稿の特性によっては他の翻訳手法の方が適していることもあります。そうした場合は独自の提案があるかもしれません。例えば下記のような提案があれば、ぜひ検討してみてください。
- コンテンツによってプロの翻訳とポストエディットを使い分ける
- 分量は多いが平易な内容のコンテンツでは、ライトポストエディット(簡易)でコストを抑える
- ポストエディットの前工程(原稿準備や機械翻訳の選定など)や後工程(制作など)を含めたサポートの提案
- 英語だけでなく、多言語にも対応できる
5. 今後の翻訳パートナーを選ぶ
ビジネスの海外展開では、継続的に海外に向けた情報発信を行うことになります。その翻訳を担う翻訳会社の選定では、品質管理や専門性の高さ・対応分野の広さなどに加えて、「こういう目的の原稿ではどういう翻訳手法が適切か」といった日常レベルの疑問や不明点を気兼ねなく相談できる、といったことも意外と重要です。
それらを含めて単発の案件だけでなく、「翻訳のパートナーを選ぶ」という観点で提案を検討することも有用と思います。
まとめ
AI翻訳とプロの翻訳を組み合わせる翻訳手法「ポストエディット」について、下記のポイントを解説しました。
- AI翻訳・機械翻訳は人によるチェックが必須
- 機械翻訳とプロの翻訳のいいとこどり「ポストエディット」
- ポストエディットで費用削減、納期短縮を実現
- ポストエディットが有効な原稿かの見極めが重要
- ポストエディット依頼先の選び方
- ポストエディットを依頼する5つのステップ
だんだんと認知度が高まっているポストエディットは、機械翻訳の精度向上に伴って今後さらに需要が拡大することが見込まれます。
アイ・ディー・エーでは原稿の内容やポストエディットのレベルに応じて最適な方法を提案しています。ポストエディットについてご相談やお見積りのご依頼があれば、下記のリンクから承っています。
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